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【読書メモ】山里亮太『天才はあきらめた』

天才はあきらめた (朝日文庫)

天才はあきらめた (朝日文庫)

若林正恭の『ナナメの夕暮れ』の書評をやったら会社の人に勧められたので読んだ。芸人はあまり詳しくないので、南海キャンディーズを一躍時の人にした医者ネタもよく覚えていないレベルである。

それが読めば読むほど、山里ワールドに引き込まれていく。解説で若林が述べているが、寝技に持ち込むためにマットに寝るタイプの人生だ。冒頭で山里は「天才はあきらめた」という。その実、天才はあきらめたから、天才と見られるために努力を惜しまないのだからじゅうぶんに天才だろう。

一番いやらしいのが、一連の努力について、山里自身が「こう言えば天才と思われるだろう」とわかった上でやっていることだ。確かに、山里は虚栄心の塊なのかもしれない。だが、人生の大部分を打算に突っ込めるから戦略的に駄目な自分を出すことができる。そしてそれを見た人は思うだろう。「こんな苦悩を抱えて、曝け出せるなんてすごい」「過去にきちんと向き合っている」と。

実際すごいし向き合っているのだろうけど、それらは全て山里を突き動かすためのガソリンになる。天才と言われればそれを錯覚資産としてめいっぱい貯金して、ダメなときに錯覚資産を切り崩す。そんな難しいことをこともなげに実行する。錯覚資産を心の支えにできるだけの自信がただ羨ましい。

錯覚資産だけではない。山里は自分に燃料をくべる天才だ。とにかくモチベーションに頼らないことを人生訓にしているように感じる。たとえば、「うわ、逃げさせ屋が来た。じゃあこれを無視したら何者かになれるんだ!」なんてセリフ、なかなか思いつかない。まず、「何者かになりたい」ということを衒いなく言えるのがすごい。そこで卑下して諦めに浸るような人間では芸能界で生きてはいけないということなのだろう。

読み終わった後、Amazon Primeで2004年のM-1グランプリを見た。南海キャンディーズのネタ自体よりも、ラサール石井が「火を怖がるサイに『メス』と言うのが面白い」と評した後の山里の嬉しそうな顔が一番印象に残っている。M-1で勝ち抜くためのネタとして練り上げた「医者」の解題として、山里自身のピックアップしたところがまさにそこだったのだ。

若林が圧倒的な差を感じる才能はツッコミのキレだけではない。生き方にかかるもっと本質的な部分なのだ。そう思わせてくれる一冊だった。